近年ますます存在感を強める世界有数のプレミアムブランド、フェラーリ。そのフェラーリが時折発表する記念モデルは「スペチアーレ」として、他のモデルとはさらに別格扱いとなっています。最も有名で、かつ創立者エンツォ・フェラーリが最後に手掛けたモデル「F40」の発表以降、およそ10年に一度のペースで、フェラーリの威信をかけたスペチアーレがリリースされているのはよく知られているところです。
今回ご紹介するF50は、F40の後継車種として1995年に発表されました。最終的に1311台が生産されたF40とは対照的に、生産台数がごく限れたF50は、近年ますますオークションなどでの取引価格が高騰しています。今も変わらず人々を魅了するF50、その魅力を今改めて紐解きます。
「F1を公道で走らせたい」
出典元:ウィキメディア
F50は、フェラーリの創立50周年を記念するモデルとして、創立者エンツォの息子であるピエロ・ラルディ・フェラーリが指揮を執って開発されました。当初のコンセプトはズバリ、「F1のエンジンを積んだロードカーをつくる」。かくして、選ばれたパワーユニットは当時3.5リッターの自然吸気で争われていたF1用のV型12気筒エンジンでしたが、これをそのまま公道で使うことはさすがにできませんでした。日常領域でのトルクが不足しており、ドライバビリティが著しく下がることが懸念されたのです。
そこでフェラーリは、高度なチューニングに耐える鋳鉄製エンジンブロックはそのまま流用し、主にストロークを伸ばすことで排気量を4698ccまで拡大。トルクの増強を図りました。エンジンの最高許容回転数こそ下がりましたが、それでも市販車として考えれば異例の超高回転型エンジンであることは疑いようがなく、最高出力519psを8200rpmで発生します。最大トルクも48kgmを6500rpmで発揮するなど、発表当時までのフェラーリの中では最高性能を誇る市販車となりました。リッターあたり110psを超えるこの自然吸気V12エンジンは「Tipo F130B」と呼ばれ、フェラーリの歴史に残る名機のひとつとなっています。
エンジンのバンク角は、もちろんF1そのままの65度。コネクティングロッドには鍛造チタン、ピストンはマーレ社の特注鍛造品、カムカバーやオイル&ウォーターポンプハウジングはマグネシウム製とするなど、ロードカーとしては異例の高品質なパーツが惜しげもなく組み込まれました。また、特筆すべきは1気筒あたり5バルブ(吸気3、排気2)、合計で60ものバルブを持つDOHCシステム。F50の後継である「エンツォ・フェラーリ」は通常の1気筒あたり4バルブに戻されていることからも、F50のエンジンの特異性が伺えます。5バルブが採用されている理由はもちろん、当時のF1に採用されていたから。「Tipo F130B」エンジンがいかに「F1純度」が高いかがわかるでしょう。
F1から受け継がれたメカニズムの数々
出典元:ウィキメディア
F1用エンジンをリファインしただけではなく、F50はそのボディ構成自体もF1マシンから受け継いでいる点がかなり多いのが特徴です。F50のモノコックはカーボンファイバー製で、バスタブ形状のモノコックの後端にはエンジンブロックがボルトで剛結されています。つまり、F1マシン同様、エンジンブロック自体をストレスメンバーとして扱い、サブフレームなどは用意されないシンプルかつ軽量な構造になっています。ピニンファリーナがデザインした優美なボディパネルには応力がかかっておらず、かつカーボン製とすることで大幅な軽量化に成功。全長4480mm、全幅1986mmの大柄な車体サイズにもかかわらず、車重は1350kgに収めています。リアカウルを開けると、エンジンにプッシュロッド式のサスペンションが剛結されている様子が見られますが、フロントも同様にプッシュロッド式のダブルウィッシュボーンとなっており、その構成もF1マシンから引き継がれています。
F40よりも現代的になったインテリア
出典元:ウィキメディア
これだけF1譲りのメカニズムを満載したF50ですが、当時の社長、ルカ・モンテゼーモロはF50を過激でスパルタンなクルマにはせず、プレミアムブランドの旗艦モデルとしてのラグジュアリーさも持たせたいと考えました。「公道を走行できるレーシングマシン」をコンセプトに開発されたF40があまりに簡素かつスパルタンな内装だったのとは対照的に、F50にはシンプルながらも高品質なインテリアが備わっています。むき出しのカーボンファイバーとスウェードレザーの上品なコントラストは、フェラーリの現行モデルに至るインテリアデザインの先駆けとも言えるかもしれません。
エアコンが装備され、バケットタイプのレザーシートはホールド性もさることながら座面もやわらかく、快適性・内装の仕上げについてはF40に比べてかなり現代的になっていると言えるでしょう。一方で、ブレーキにはABSどころかブレーキサーボすら備わらず、ダイレクトさを重視している点はF40と同様。パワーステアリングも装備されていません。
セミオートマは採用されず
出典元:ウィキメディア
もうひとつ、当時のF1マシンとの大きな違いは、トランスミッションが挙げられます。F1ではすでにセミオートマチックが採用され、ギアの段数も低速域のトルク不足を補うために7速となっていましたが、F50ではコンベンショナルなクラッチ付き6速マニュアルトランスミッションが採用されました。市販車におけるセミオートマチックシステムは、1997年にF355に初めて搭載されますが、F50の発表段階では見送られたのでしょう。シフトノブの根元には、フェラーリ伝統のシフトゲートが刻まれ、結果としてマニュアルミッションを搭載した最後の「スペチアーレ」モデルとなりました。
販売計画についても、ルカ・モンテゼーモロの意向が強くあらわれていると言われています。というのも、当初は400台の限定生産としていたF40が、好評につき増産したことで多くのバックオーダーを抱えてしまったことを反省し、F50は初めから349台の限定生産とし、かつ注文できる人間を「それまでにフェラーリを複数台所有している」などといった基準を設けることにしました。計画通り、F50は1997年に349台目をラインオフし生産を終了。当時約5000万円で販売されたF50は、その希少性も相まって年々価格が上昇し、現在の価格は1億円はくだらないとされています。
バルケッタスタイルこそ真髄
出典元:ウィキメディア
F50が他のスペチアーレと異なるユニークな点はまだあります。ルーフが取り外し式となっているのです。ルーフの取り外しについては工場での作業が必要で、簡単にオーナー自身が行えるものではありませんが、クーペであるベルリネッタとオープンのバルケッタ、両方のスタイリングを楽しめる、というのはF50ならではの大きな特徴と言えるでしょう。ちなみにバルケッタ状態では、急な雨をしのぐための簡易的なソフトトップが備わります。
そう、公道を走れるF1を標榜するF50にとって、最も純粋な形態はオープン、つまりバルケッタ・スタイルと言えるでしょう。バスタブ型モノコックとエンジン自体でシャシーを構成するF50は、ルーフには応力がかかっておらず、こうしたスタイルの「付け替え」が可能になりました。レーシングエンジン由来のエンジンの騒音はかなり大きく、ルーフを付けたベルリネッタ・スタイルでは「隣の席との会話にはヘッドセットが必要」と言われるほど。ルーフを開けることが騒音の低減にもなる…かつてル・マンで戦っていたレーシングマシンの常識が、F50にも適応されるのはちょっと興味深いですよね。振動に関しても、モノコックとエンジンを剛結している影響で、決して「小さい」とは言えず、それに対処するべく座面が柔らかなシートが用意されたとされています。
とはいえ、F50はサーキットのラップタイムやレースへの参戦、絶対性能の追求を目的として作られたクルマではありません。コンセプトはあくまで「公道を走行できるF1」。可能な限り、F1のメカニズムを受け継ぎ、それを公道やサーキットで楽しむための特別なクルマが、F50なのです。その独特な立ち位置や価値は、今後どんな高性能なフェラーリのスペチアーレが登場しても、決して色褪せることはないでしょう。
[ライター/守屋健]